部長の褒めて殺して。やっぱ殺すのなしで

氾文オーディオ部部長の個人的なブログです。たまにブログ名を変えます。

語っていいとも

www.chuko.co.jp

岡田暁生著『音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉』中公新書 2009

 

これはよい本です。音楽に言葉を失った経験のある方なら誰であろうと読むに値する名著です。吉田秀和賞もうなずける。

 

本書は、まぁ書名のまんまですが、音楽の聴き方と言葉の関係について書かれた本です。ただ聴いて満足して終了、で終わらせないための知恵がつまった本です。頭からお尻の参考文献まで余すところなく面白いですが、個人的には第二章「音楽を語る言葉を探す――神学修辞から「わざ言語」へ」がよかったです。本章のテーマは「音楽の語り方」です。音楽について言葉を費やすのは、やったあるいはやろうとしたことのある方ならおわかりの通り、非常に精神的な抵抗感をともなう作業です。畏れおおくも音楽様に向かって人の分際で何をか言わんや、というヤツですね。著者の岡田氏によるとこのような沈黙を強いる音楽の神格化はロマン派以降、つまりごくごく最近の現象だそうです。

 

音楽が表現するのは宗教泣き時代の一種の宗教空間であり、そこでは聖なる「鳴り響く沈黙」が支配しなければならない。ニーチェの言うところの「神が死んだ」十九世紀にあって、音楽がかつてのミサの代理を果たし始めたのだ。「汝みだりに神の名を口にするべからず」――音楽を言葉にすることへの禁忌の意識のルーツは、このあたりにあったものと思われる。(p.40)

 

ここに「音楽批評」の成立と「聴衆の拡大」が絡んできて俄然話がややこしくかつ面白くなってきます。ロマン派の人々は音楽を神の如く崇めながらそれについて詩的な言葉を多く残しました。語りたいのに語れないがゆえのジレンマです。そしてその言葉は同時平行的に、産業革命によって生まれた新興ブルジョア層、金はあるけど趣味を解さない新たな聴衆に対する「モノの善し悪しの判断基準」の提示へと繋がっていきます。それ以前の聴衆は貴族たちが中心でしたので、サロンで演奏を聴くとともに家出は自分たちでも演奏をするような人たちでした。しかし新たな聴衆は専ら聴くのみで、自分たちでは演奏をしません。経験も何もあったものではないためまったく価値判断ができないのです。音楽批評は今風に言えば「有識者によるお墨付き」のような形で新たな聴衆に指針を示す役割を果たします。そこに拝金ジャーナリズムが絡み、「名声」や「評価」が独り歩きする状況が生まれます。なかなか地獄ですね。岡田氏はこうした状況を以下のようにまとめます。

 

このように見てくると、音楽を宗教なき時代を救済する新たな宗教にしようとする勢力と、台頭してきた市民階級の聴衆を相手に音楽でもって商売をしようとする勢力との利害関係がぴったり一致したところに生まれたのが、「音楽は言葉ではない」というレトリックだったことが分かる。ドイツ・ロマン派によって音楽が一種の宗教体験にまで高められていくとともに、音楽における「沈黙」がどんどん聖化されていく。批評もまた、言葉の無力を雄弁に言い立てるというレトリックでもって、黙する聴衆の形成に加担する。しかも世は分業の時代、音楽行為が「すること(作曲家/演奏家)」と「享受すること(聴衆)」と「語ること(批評家)」とに、どんどん分化していった。そして十九世紀に生まれた音楽産業にとっては、聴衆があまり自己主張せず、黙っていてくれるほど好都合なことはなかった。「音楽は語れない…」のレトリックには、多分に十九世紀イデオロギー的な側面があったわけである。第一章でも示唆したように、言葉を超越した音楽体験は存在する。しかしながら音楽の中に、ことさらに「語ることの出来ない感動」を求めるとき、ひょっとすると私たちは、前々世紀の思想にいまだに呪縛されているのかもしれないのである。(p.56)

 

ものすごいバッサリ切られました。とても身につまされる話です。わたしはこのあたりを読んでいたとき、なんだか爽快感を覚えましたね。一発で氏のファンになってしまいました。もちろん警鐘を鳴らすだけでなく、ここから氏は知識を総動員して音楽体験に言葉を取り戻すための方策なり指針なりを伝授されます。ここから先は実際に読んでみてのお楽しみ。

 

いやしかし、引用文を読むだけでも明らかですが、岡田氏の言葉は平明で流れてます。この方もたいがい大学人(本書刊行時点で京大の先生)なわけですが、前回の伊藤氏とは全然語り口が違いますね。わたくし的には岡田氏の話法に親近感を覚える次第です。実はもう何冊か氏の本が枕頭に積んであるので、折を見て他の本も取り上げたいと思います。

細々和声

bookclub.kodansha.co.jp

伊藤友計著『西洋音楽の正体 調と和声の不思議を探る』講談社 2021

 

つい最近出版された本です。前回和声の歴史本を取り上げましたが、今回も歴史本と言えなくもありません。もっとも前者が通史なのに対し、本書はもう少しピントを絞ってあります。ときは16世紀末、モンテヴェルディなる作曲家が世に問うた<つれないアマリッリ>なる歌曲が巻き起こした一大論争と現代をも射程に収めたその派生的影響がテーマです。

 

上に挙げた曲の何が論争の種になったのでしょうか。それは予備を経ない属七の和音から主和音への解決(Ⅴ7ーⅠ)でした。ポイントは無論「予備を経ない」というところです。「トライトーン・サブスティテューション」という言葉を目にしたことはあるでしょうか? わかりやすくハ長調(Cメジャー調)でいうと、Ⅴ7すなわちG7に含まれる「シ・ファ」の音がそれぞれⅠすなわちCの「ド・ミ」へ移っていく音の流れです。音程で表すと、三全音(トライトーン)から長三度となります。この音程関係の推移を音楽用語で「解決」と呼びます。余談ですが、三全音ー長短三度であればⅤ7ーⅠじゃなくてもよくね? ってな具合にありとあらゆる和音で解決を目指したのがジャズです。さてこの「三全音」ですが、ピアノで鳴らしてみるとわかる通りなかなか強烈な響きをもっており、西洋では長らく「悪魔の音程」と呼ばれ神学的にかなり厳密な取り扱いを要求されてきました。それが「予備」です。予備とは三全音(シ・ファ)音程が現れる際、必ずどちらかの音が三全音音程が生じる以前から鳴っているように音を配置することを言います。具体的にいうと、いわゆるⅡーⅤ-ⅠにおいてⅡ(レ・ファ・ラ)のファが伸ばされたままの状態でそこにⅤのシが重なるようにする、という具合です。

さてさて、件の<つれないアマリッリ>は予備無しでこの三全音ー主和音をやった結果、神の意に背く所業だと当時の大御所たちから痛烈な批判を浴びます。そのまま消えていってもおかしくない世相のなか、なんとこの曲の作曲家(の弟)は批判に答える形で作曲の意図を公表します。曰く、歌詞の情感を優先した結果予備を経ない跳躍的な三全音を用いたのだ、と。この逸話をマクラに本書は今日的な調性と和声が如何にして出来するに至ったのかを原典によりながら詳述します。「悪魔の音程」という言葉は目にしたことがありましたがこういう由来があったのかと非常に勉強になりました。前回の和声の歴史のバックグラウンドにあたる内容ですので、併読を強く勧めます。

 

さてさてさて、ここからは一読者としての単なる感想文になります。

本書、いかにもアカデミシャンがアカデミックに書きましたという感じで終始固いです。講談社メチエなので一般向けに多少手を緩めている節はありますが、それでも固い。わたくし長らく大学なんぞに属していたわりにこの手のアカデミック書き物が滅法苦手で、ここだけの話だいぶ辛かったです。むしろこれが読みやすいと感じる方もいるでしょうが。ちょっと面白かったのが、本書にはしばしば次の章なり節なりの内容を簡単に先取りした文言が現れます。なんか既視感あるよなぁと思いながら読んでいたのですが、ふとこれこそまさに「予備」だなと思い至りました。なんというか、きちんと予備をする書き手が予備無しの破格作法のお話を至極真面目な語り口で述べているそのギャップが、なんだか微笑ましかったです。

徒然和声

www.ongakunotomo.co.jp

『ハーモニー探究の歴史 思想としての和声理論』西田紘子、安川智子、大愛崇晴、関本菜穂子、日比美和子 音楽之友社

 

「和声」と聞くだけで震え上がる理論音痴の部長です。こんにちは。

名は体を表すの如く、本書の内容はほとんどタイトルの通り。ピュタゴラス学派から始まり20世紀後半までにあらわれた欧米の主要な和声理論を、理論それ自体というよりそれが誕生した時代背景とその波及効果に焦点を当てて紹介されており、あまり理論になじみがない方でも新書風の歴史書として読めるつくりになっています。

 

こんにち日本語で「和声」といえば、作曲家(と一部の理屈っぽい演奏家)向けの作曲メソッドの一部と解されるのが一般的ではないでしょうか。かの「芸大和声」をはじめとして、流派によって扱いは異なるもののある調性のなかに現れる和音をトニック(T)・サブドミナント(S)・ドミナント(D)に分類してどうのこうの…といういわゆる「機能和声」というヤツです。これはある和音Aと別の和音Bとの並べ方によって得られる効果を体系化したもので、とても実用的実際的な考え方でしょう。

本書は作曲メソッド本ではなく歴史書です。とはどういうことかというと、ピュタゴラス学派の「協和」とは単純明快な数比例によって表すことが可能な音程関係であるというお題目から始まり、数学、物理学、芸術等々をゆるやかに参照しながら時代ごとの音楽理解の変遷が語られるのです。「音楽理解」というところがミソで、本書に紹介される理論家の大半は当然といえば当然の如く作曲家なり音楽教師なりの実際に音楽制作の現場で頭を悩ませてきた方々なのですが、彼らがモノした理論は一概に作曲メソッドと言い切れないところがあります。そもそもピュタゴラス学派からして美しい数比例ですから、現実に鳴っている和音を足掛かりにしながらも極めて抽象的な世界におもむこうとしているのがわかります。ざっくばらんにいえば、ピュタゴラス学派の理論では作曲はできません。そして読み進めるにつれ、音楽制作現場で重宝される「機能和声」というものが「和声理論」のひとつにすぎないことがよくわかります。名前は聞いたことあるけどなにをやっているのか今ひとつよくわからないでお馴染み「シェンカー分析」などが典型ですが、いかにして音楽をつくるかという観点がそもそもない理論が理論として成り立つ不思議を味わえます。ここらへんはよく言われる学者とエンジニアの違いみたいなものでしょうか。無論、理解の方に全振りして生まれた理論を学んだ後代の人間が新たに音楽をつくっていき、そうして現れた音楽を元に新たな理論が組み立てられ…とフィードバックループが成り立つわけで、簡単に作曲か理解かと切り分けられるものでもありませんが。

 

読んでいて面白かったのは、理論家の方々のよく言えば思い入れ悪く言えば思い込みが各々の理論に色濃く反映されているところです。例えば「機能和声」の大家として知られるフーゴー・リーマンさんは物理学的知見を大いに取り入れ自然倍音列の構造を自身の理論の基礎に据えるなどとても理屈っぽい方にも関わらず、リーマン以外他の誰にも聴こえない「下方倍音列」なるものに大いに拘泥し周囲から叩かれまくった挙げ句、次の言葉を残したと伝えられます。

 

いずれにせよ、世界中のあらゆる権威が現れて「何も聴こえない」といったとしても、それでも私はこう言わねばならない。「私には何かが聴こえた。しかも、はっきりとした何かが」と。(同書p.99) 

 

う~ん、苦し紛れとは言えかっこいいですね。

Bandcampを称えよ

最近はあまり本を読めておらずネタがないため、音源の話でお茶を濁します。部長です。

 

いや、今回の記事はタイトルがすべてを物語っており特にそれ以上わたくしの口から述べることはないのですのが、そも"Bandcamp"とはなんぞや? という方のために僭越ながらこの素晴らしいサイトを紹介したいと思います。

 

こちらです。

bandcamp.com

 

音楽の聴き方はこの10年でだいぶ移り変わりました。この変化は端的に、メディア再生からデータ再生へ、と言い表せるのではないでしょうか。ここでいう「メディア再生」とはLP、CD、カセット、MD等の物理的実体を伴う音源貯蔵メディアと各メディア専用再生装置を用いる視聴形態を指します。対して「データ再生」とは、WAV、mp3、flac等のデジタル化された音源データを、収納ストレージと再生装置が一体化した機器(主にPCやスマホ)を用いて試聴する形態です。最近主流のサブスクも物理メディアを用いないという意味でデータ再生の枠内に収めてよかろうとわたしは考えております。なお上記分類は非常に雑ぱくなモノで異論反論多いにあり得ることは重々承知しておりますが、本題に入るためのマクラですから生ぬるい目でスルーしてくださるとありがたいです。

 

閑話休題、Bandcamp様の話に戻します。このサイトは音源データ(一部物理メディアやグッズ有)の販売サイトです。日本にもOTOTOYやらレコチョクやら似たようなサイトがありますね。やっていることはほぼ同じですが、日本のデータ配信サイトと比べBandcamp様には圧倒的なアドバンデージがあります。

 

その1、安い!!

日本の配信サイトは国内盤のCDとほぼ同価格で販売されていることが多いです。mp3等の極悪不可逆圧縮音源だと値段が下がることもありますが、概ねアルバム一枚2,000~3,000円でしょう。ところが、Bandcampの販売価格はアルバム一枚につき最低0(お気持ち価格)からせいぜい15ドルほどとなっています。体感的には平均7ドルあたりでしょうか。この差はでかいです。ちなみに最低購入価格に対してこちらから上乗せすることもできます。7ドルの音源を10ドルで買うみたいな。なんというか、金を払うしか応援の仕方がないファンの複雑な心理をよく理解しているなと思います。

 

その2、品揃えがニッチ&多彩!!

米国に本社を構えるデジタルショップですから外国の音源が多いのは当たり前として、アマ・プロ問わず、クラシックを除くあらゆる種類の音源があります。個人で売っている方が大半ですが、なかにはレーベルが販売チャンネルを構えていることもあります。わたしはここ数年アルゼンチン周辺の音楽に傾倒しておりまして、なかなか品揃えがよいです。ニッチジャンル故CDの国内流通量が少なく手に入らないことも多いのですが、最近はCD在庫探すよりBandcamp様にあたるほうが確実なことが多いです。なお面白いことに同じ南米といえど、ブラジル音楽はあまり品揃えが多くありません。不思議です。

 

その3、全曲試聴可能(一部例外あり)!!

サイト上で一曲まるごと、しかも大半はアルバム・シングル丸々全曲試聴できます。日本のサイトだと大体30秒とかで切られます。まぁ最近はYoutubeに全曲アップされることも少なくありませんが。

 

その4、データ形式が良心的!!

購入した音源データが無圧縮のWAV(CD音質)できちんとダウンロードできる。当たり前のことですが、これ非常に重要です。日本の配信サイトには爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところです。また各種可逆圧縮形式、極悪不可逆圧縮形式でもダウンロードでき、購入後にデータをいじる必要があまりありません。

 

その5、Paypal対応!!

数年前、Paypalが個人口座との連携を始めました。要はデジタル購入時にクレジット決済だけでなく口座引き落としの選択肢が増えたということです。為替レートの換算もPaypalが勝手にやってくれます。クレジット決済だとつい買いすぎて翌月青ざめてしまう人も、口座引き落としなら残高分しか買えないので安心です。国内だと意外とPaypal対応少ないのですが、Bandcamp様は米国サイトなので当然対応しています。

 

そのほかにもファンコミュニティが厚いとかありますが、ひとまずこんなところでしょう。あとは各自使いながら模索すればよろしい。

 

ここからはわたくし的オススメ音源を紹介いたします。皆様是非購入してくださいませ。

 

aqui.bandcamp.com

ブラジルの正統派歌姫タチアナ・パーハさんとアルゼンチンが誇る職人集団アカ・セカ・トリオのアンドレ・ベーウサルトさん(ピアノ)のデュオ作品。現代の南米音楽の精髄がここにあります。

 

asiemusic.bandcamp.com

ロック寄りのエレクトロニカバンドAsíの1stアルバム。現在3rdまで出てます。最初にアルゼンチン音楽にはまるきっかけとなった、個人的に思い入れの強い一枚ですね。

 

cribas.bandcamp.com

昨年末にも一度紹介しましたCribasの3rd。いや、ほんとに大名盤です。

 

kamasiwashington.bandcamp.com

スピリチュアル・ジャズというらしいです。スケールがすごくデカイです。

 

shponglemusic.bandcamp.com

サイケデリックトランスの大本命、シュポングルの1st。オリジナル版とリマスター版両方販売してます。

 

daymearocena.bandcamp.com

歌声のパワーがハンパじゃありません。

 

plini.bandcamp.com

超絶テクニカル変拍子ギタリストPlini(プリニ)のアルバム。バカテク以前に曲がよいです。

 

bozziolevinstevens.bandcamp.com

え、こんなのもあるの? と大変驚きました。一言でいえばわたしの青春です。

 

 

無限に続けられる気がして恐ろしい。とりあえずこんなところで。

MNG...

やってしまいました。とうとう憧れに手を出してしまいました。

 

Dynaudio Special Fortyを購入してしまいました!!

 

憧れのディナ様でございます。初ディナ様でございます。いや~、たたずまい。これがスピーカーやで...。

 

世代的にSP25はすでになく、Sapphireは値段的に手に届くはずもなく、それ以後のエントリーモデルはどうもぱっとせず。そんななか久々の記念モデルSpecial Fortyですよ。まぁわたしが購入したのは再版版なのですが。

 

セッティング後最初に鳴らした瞬間はあまりの音の悪さに笑いましたが、そこから数時間経過し多少ほぐれてきた感があります。最低音が深いです。弾んでます。

 

これからどこまで成長してくれるでしょうか。ああ楽しみですこと。

珍本? いやいや極めて真っ当ななにかです。

companysha.com

ジョン・コルベット著、工藤遥訳『フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き』カンパニー社

 

人を食ったお名前の出版社から世に放たれた、ストレートすぎて逆に不安を煽るタイトル。いわゆる教則本ですら今日日「手引き」なんてつけないぞ。大丈夫か?

 

という感じで九割方怖いもの見たさから手に取ったこの本、あにはからんやタイトルに全く偽りのない正真正銘の「フリー・インプロビゼーション」の「聴取」の「手引き」書であったものだから大変驚きました。

 

フリー・インプロビゼーション(あるいはフリー・ジャズ)なる音楽ジャンルにわたしはこれっぽっちも興味がありません。いつの間にか始まっていつとも知れず終わっている、音楽の三要素といわれるリズム・メロディ・ハーモニーを極力排した方向に進展する、(ほぼ)完全即興音楽。ジャズの技法に「アウトサイド」というやつがあります。瞬間的にわざと音を外したフレーズをかます技です。これはむしろ調性が強固に土台としてあるからこそ外し甲斐が生じるわけですが、フリー・インプロが目指すフリーは調性それ自体からの「フリー」です。こう書くと20世紀前半の前衛音楽のなかで生まれた12音音階を彷彿とさせますが、フリー・インプロは12音音階作曲家が保持した「コンポーズ」の外を志向します。さらに、ジャズのフォーマットで演奏されることが多いにもかかわらず、フリー・インプロはビートに乗りません。というか、4/4なり3/4なりの再帰的なリズムの定型を忌避します。

 

百聞は一聴にしかず。とりあえず聴いてみましょう。

youtu.be

同書でも言及されるアルバート・アイラーのアルバムですが、冒頭一分くらいのサックスを聴いて「あれ? これはメロディじゃね?」と肩透かしを食らった気になったと思った直後からもうよくわからなくなっていきます。そう、よくわからんのです。どこにどう意を傾けて聴けばよいのかさっぱりわからんのです。一聴して「カッコイイ!」と思えた方はどうぞ存分に沼にはまっていくとよいです。同書の参考文献および参考音源はきっと役に立つでしょう。しかしこれはわたしのような「さっぱりわからん」人が「さっぱりわからん、けどもう少し付き合ってやってもいいかな」と思えるようになるのを目指して書かれた本です。

 

同書は基礎編・応用編にわけてこの「わからなさ」に対して、徹底して聴く側の立場から分け入っていきます。狭くかつ息のながいジャンルの場合、えてしてやる側聴く側両者が相伴って新参者お断りのクローズドサークルをつくりがちですが、筆者のスタンスはとにかく優しい。「寝ちゃってもいいよ。そんなときもあるさ」みたいな。それだけでなんか救われます。ある章では一瞬の発音に全神経を研ぎすますよう教え、また別の章では俯瞰的にギグ全体を思い描くよう誘導する。とかくわかりにくい音楽と向き合うときの意識のピントの合わせ方を親切に、あせらず、自らの体験談を交えながら語ります。

 

この本なにがすごいって、ものすごく尖ったジャンルの話をしているにもかかわらず、その聴き方耳の研ぎすまし方の方法論が極めて普遍的なところです。それを物語るかのように応用編で筆者はこんなことを述べます。曰く、フリー・インプロの曲を普段耳にするコンポーズされた曲であるかのように聴き、コンポーズされた楽曲をあたかもフリー・インプロを聴くように聴いてごらんよ、もうその聴き方は伝授したはずさ、と(いま手許に当該書籍がなくうろ覚えですが)。この発想はすごい。一般リスナー以上に、ジャンル問わずなんらかの楽器演奏をするすべての演奏家は今日からこれを実践すべきでしょう。

 

いかに普遍的なことを語っていようとも本自体がニッチな代物であることはいかんともしがたく、ほっとけばすぐ絶版プレミア化してしまうに違いありません。1600円、みなさまとっとと買いましょう。

今年買ってよかった音源2020

SpotifyとかAmazon Musicとかのサブスクサービスにどうも馴染めず、CDかBandcamp等のダウンロード販売で音源を購入している部長です。

 

年の瀬の定番、今年買ってよかった音源2020のお時間がやってまいりました。あくまで買ったものなので、今年出た新譜に限りません。早速いってみましょう。

 

cribas.bandcamp.com

Cribas: La Ofrenda (2020)

 

アルゼンチンネオ・フォルクローレ界の若手最有望株、Cribasの3rdアルバム。最近はコトリンゴさんと共演してたりもしてますね。これまた名盤と名高い1st、2ndは個人的にそこまでグッとこなかったけど、この3rdは抜群によい。なんというか、CribasがCribasわかってきた感が半端ない。全曲よいけどとりわけ2曲目のなめらかさがわたくし的にツボでした。

 

taiyorecord.com

Grulla: Océano (2019)

アルゼンチン最高の笛おじさんことマルセロ・モギレフスキーのお子様兄妹が結成したユニットの今のところ唯一のアルバム。初回入荷は買えず今年入手。妹のほう(メリナ・モギレフスキー)のアルバムも二枚ほど持ってるけど、この盤には到底及ばない。奇跡としかいいようのない極上のささやきアルバムです。必聴オブ必聴。

 

antonioloureiromusic.bandcamp.com

Antonio Loureiro: Antonio Loureiro (2010)

現代ブラジル最高の作曲家のひとり、アントニオ・ルーレイロの幻の1stアルバム。長らく絶版で手に入らなかったモノですが、今年突然Bandcampに追加されました。やったね! 10年前の作品ですが、早くもアントニオ節が確立されていることが確認できてうなります。

 

taiyorecord.com

Trio Familia: Trio Familia (2012)

アカ・セカ・トリオ界隈の面子があつまってワイワイやってる極上の単発アルバム。とても有名な一作だが、ちょっと時間が経つとすぐ手に入らなくなる極小ジャンル故、まさか手に入るとは思わなかった…。基本はジャズフォーマットのフォルクローレなのだが、めちゃくちゃベースがいい。誰だか知らないが、結構動くわりに邪魔もしなければ嫌みさもない。目指すべき歌モノバンドベースの理想系がここにある。

 

The Aristocrats CDwww.hellomerch.com

 

The Aristocrats: The Aristocrats (2011)

ガスリー・ゴヴァン(gt)、ブライアン・ベラー(ba)、マルコ・ミンネマン(dr)ちう、メタルからフージョンあたりのトップテクニシャン三人が手を組んだ現代のCream。今さら? って言われると困るが、今年買ったので。開いた口が塞がらないうまさ。でもテクニックのみ光るわけじゃなく、結構曲もいいんだよなぁ。

 

 

3、4年前から聴くモノがアルゼンチン、ブラジルよりになったが、今年も変わらず。ただあまり聴く時間が取れず、少々置いてかれれてる感が。業界(?)的な話題作(Rodrigo Carazo、Meritxell Neddermann、Banti、Deangelo Silva等)も聴いてます。良いよ。でも紹介がめんどくなったのでとりあえずここまで。

 

 

番外編

taiyorecord.com

Carlos Aguirre Grupoの大名盤、Crema(2000)の譜面が日本語訳付きで出ると小耳に挟み、速攻で入手。大譜表二段組みの簡略版ながら、こういうものは存在するだけでありがたい。どんどん出してほしいですね。個人的にはRojo(2004)を希望。"Mar adentro"の譜面が欲しいのであります。真面目にイヤトレして自分で譜面に起こせよ、とか言わないで。